創作 詩

思い 愚か 生きる 戦い」 人間 生きる 名前

 

「生きる」というタイトルが二つありますが、全く別のものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[思い]


人の思いは儚い
思ってもすぐに消えてしまう
思った人が死んでしまっても、同じ
けれど 消えない思いがある
その人が誰かにそれを伝えたり託したり 言葉に、声にしてでも たった一言の文にしてでも

思いは人々の命と命、心と心の間に存在する
愛情 慈しみ 悲しみ 絶望 希望 怒り 憎しみ
様々な思いが

その一つすら持たぬ人はいないだろう
自分でわかっていなくとも、心の中に思いは存在する
だからこそ人は感情を持つ
その感情こそが思いだと私は思う

考え方が違えば人々は理解しあえないのか
きっと違う
人々はどんな形でも理解できる
それが人間に出来ることでもあるのだから
たとえ今は互いを嫌っていても

一人一人は弱くても 大勢が集まれば大きな""となる
それが命であり、心でもある
全ての命が、人々が 互いの手をとって生きてゆくこと
それは、私の願いであり きっと全ての命の望み

きっと、きっといつかは叶うと信じて
現在(いま)を生きてゆく

 

 

 

 

 

 

『愚か』


人間は 愚かだ
でも だから今の世界がある
それが ちょっと悔しい

自分達の気付かないところで 相手にいいようにされる
それは今の 日本の政治にも似ている
アメリカにも 良いように 法律や憲法を変えさせられて
政治家の有利なように 報道が行われて
日本が 日本でなくなる そう感じた

戦争をビジネスとして 捉える 大人がいる
民衆を利用して 戦争を外交手段にする者もいる
それは 子供じみた事

気に食わないから 思い通りにならないから
だから 戦うの だから 殺すの

そうやって 人を殺すのか

そんな奴等 見たくもない
なりたくもない
そんなヤツ視界から消えてしまえ 消えてしまえ

けれど 今の私には 何の力もない
何かをすることも出来ない
正しい人たちが 負ける
そんな世の中には なって欲しくない
間違った 人たちのほうが 強いなんて そんなこと なって欲しくない

人々は 自分たちのことなのに どうでも良いみたい
馬鹿みたい
自分たちのことなのに
それで 政治のことを言ってても 意味ないよ 本物の馬鹿だね
後から 後悔したって 遅いんだよ
いつだって そうなんだ
だから みんな滅茶苦茶になるんだ
どうすれば良いのかは それぞれが 考えなくちゃ
1人1人で 考えて やってかなくちゃ

 

 

 

 

 

 

《生きる》


人には たくさんの生き方がある
命を持つもの全てに たくさんの選択肢があるけれど 人間には 特に多い
真面目に学校にかよって 立派な大人になる人 若い頃から たくさんの苦労をする人
人によって 全く違う生き方がある
けれど 中には 犯罪を犯す人もいる
多くの命をあやめる人もいる
何が違ったのだろう
光の中で生きる人 闇の中で生きる人
生い立ちが違うのだろうか
それとも育った環境のせいだろうか
そんな事はないだろう
たとえどんなに 生い立ちが 育った環境が悪くとも それで人の 生きる道を外れる事はないだろう
逆を言えば 生い立ちが 育った環境が良くとも 人の生きる道を外れる事もある
問題は その人の心の強さ
どんな絶望も 希望に変えられる その心の強さ
人は心の持ち方で 考え方も大きく変わる
まるで 花のように 光に向かって真っ直ぐに 生きる人
宇宙のように 深く 底なしの闇で一生を生きる人
きっと みんなが花のように生きると選ぶだろう
けれど 闇の中で生きることを選ぶ人もいるだろう
本当の 正しい生き方は きっと 花のように真っ直ぐに生きること
私も そう生きていきたい

 

 

 

 

 

 

 

「こころ」

 

こころは弱くて はかない
でも だからこそ人は強くなろうとする
こころに 「鎧」を着せてでも 強くなろうと 守ろうとする

「鎧」の厚さには違いがある
心を開いている人は薄くて 心を開かない人や 強がっている人は厚い
でも そうでもしないと守れない人もいる

「こころ」っていうのは その人を表すもの
全ての人になくてはならないもの
心があるからその人でいられる

だから どんなに心を閉ざした人でも 心を捨てる事はできない

きっと きっといつかは心を開いてくれる
だから人は強くなる その人は強くなれる
こころはその人を表すというコトを どうか 忘れないで

 

 

 

 

 

 

 

 

《戦い》

人はなぜ、互いを殺し合うのだろう?
殺せばそれだけ罪を負い、殺された人の親族から憎しみを向けられる。
殺しあうことをやめたくとも、人は結局周りに流され、殺しあう。
「こうしなければならない」 「これは命令だ」
と、何も考えず殺し続ける人間なんて もっての他だ。
なら、どう止めようとすればいい?
どの道を辿れば間違わずに済む?
きっと、間違わずにいるなんて無理だろう。
けれど、間違った道をほんの少しずつでも戻ることはきっとできる。
そして、正しいと思う道を辿ればいい。
人というものは何度も間違いを繰り返す。
どれだけ間違えば正しい道に辿り着くのか?
止めようとする事だって大変なこと。
止めるには、まず決める。 そして、やり通す。
それが、唯一の方法だろう。
それがどれだけ大変なことでも、強い思いがあればできるはず。
理不尽な理由を突きつけ、 邪魔なものとして排除しようとする者もいるだろう。
孤立して、周りを敵にまわすようなこともあるだろう。
大切な人や物を失うこともあるだろう。
でも、自らの行動で生きることのできる人もたくさん居るだろう・・・
どれほど辛いことがあろうと成し遂げねばならない事を成し遂げ、そして間違った方向へ進もうとするなら修正してゆくことだって大切。
間違いは気付いたその時に指摘しなければ、いずれ手遅れとなるだろう。
人間の中にだって様々な人種がいる。
肌の色が、目の色が違う、ただそれだけで虐げられる人がいる。
たとえ人種が違おうと、人間は皆同じ。
ちょっと人より優れた能力や、超能力、長寿だろうと、皆同じ。
皆同じ命を持っていて60とか80,90あたりまで生きて、最終的には死んでゆく。
なのに、何故、皆それに気付かないのだろう。
差別だって、減ってゆくはずだ。
何故・・・?
皆・・・皆。
そんな簡単なことも気付かないのだろう・・・?
どうして・・・?
解かっている人だっている。
でも周りに、流される。
考えも言えないまま・・・
本当に思いを言える人が言わない。
言っても行動に表さず、結局偽りなのだろう。
人というものは皆そうだ。
世間に向かって平気で嘘をつく。
皆薄情。
その中でも、犯罪者と政治家が一番嘘をついている。
犯罪者は自分を無罪といい、助かろうとする。
政治家なんて、人一倍自分の思いや考えを人々に言える立場なのに。
皆自分の利益ばかりを考え、世の中のことを考えず。
もしも、人々が世の中を考え、行動していれば、地球だって温暖化がここまで進まず、もっと環境が好い状態のはず。
人というのは本当に愚かだ。
何度も戦争を繰り返す。
そして大勢の人が死んだ。
いや、死に続けている。
戦争で残った、地雷や、毒素といった人体に害のあるものもとてもたくさん。
それで戦後生まれたり、生まれた頃終戦間近で戦争をほとんど知らない人も。
地雷、毒素でちゃんと生まれてこれなかった子や、大怪我して腕や足を切断しなければならなかった人も。
だから私は、戦争や、人種差別・虐殺、殺人などの犯罪を許したりしない。
友好的態度をとっている人や国を批判する人、国も許さない。
日本だって昔、酷い国だった。
でも、第二次世界大戦からは、軍事から手を引き、最低限の防衛部隊をもっているだけ。
今は戦争や災害の被害を受けた国の復興支援程度の動きはあっても、戦争には加担しない。
戦争なんて二度と起こらない世界が築かれるように、努力したいし、願っていきたい。
ずっと、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

《人間》

 

人間って、どうして相手の事を理解したと言えるのだろう?

実際は何一つ知らないくせに。

人間って卑怯。

他の動物と違って、物事を考える力があるのに。

どうしてだろう。

人はみんな自分の心に見えないヴェールを被せてる。

他人に知られたくないから。

だから相手の何気ない一言で傷つくこともある。

助けられることもある。

でも、知らず知らずの間に傷つけてしまったら・・・?

それが原因で嫌われたら?

私はそう考えるのも嫌。

だから本当は人と話すのは嫌・・・・・

その人が嫌なことを言ってしまったら?

してしまったら?

それだけじゃない。

私はこの世界が嫌い。

何でも言葉や文字で伝えなければならない世界。

でも、それが苦手な人だっている。

私もその一人。

何かを伝えるのが凄く苦手。

そうして生きている内、

何度も死にたいそう思った。

けど、死ねなかった。

ちっぽけな私一人居なくなったって、関係ない。

関係なく世界は動き続ける。

なのに。 なのに死ねない。

それが悔しい。

この世界には生きたくても、

生きられない人が大勢いるのは知ってる。

そんな人たちの変わりに、死にたいと思う人が代わりに

死ぬことが出来ればいいのに。

でも世の中には死ぬことを許されない人もいる。

大勢の人を殺したり、不安にさせた犯罪者。

彼等は、死ぬことに逃げようとする人だっている。

けど、死ぬことで逃がしてはいけない。

それよりも、終身刑のように、一生を牢獄で過ごし、被害者への懺悔をする事が大切だと思う。

そして、本当は私たちも同じ。

死ぬことで

嫌な世界から

逃げ出してはならない。

立ち向かって、必死になってでも克服する。

世界なんて、物の考え方一つで凄く変わる。

どんなに暗くっても、前向きに考えることによって

自分の捉える世界は変わる。

明るくて、希望に満ち溢れる世界にだって見える。

だから私は、少しでも前向きに、死ぬことを考えずに生きてゆきたい。

――――――――――――――

現実逃避よりも、死にたいと思うこと多いんですよ、私。

これ書いたときはまあ前向いてはいるかな的な精神状態だったと思います。

いつも斜めに世の中見て生きてるっぽいです。

ていうか斜め後ろ見て生きてるかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

《生きる》

 

生きてゆくこと。

生きてくってのは、ホントはすごく大変ですごく大切なこと。

けれど、生きてゆく中には

たくさんの嫌なことがある。

けれど、そんなことにきちんと立ち向かう。

それが出来る人は本当に強い人。

目を逸らさなければならないことだってある。

でも、だからって逃げてばかりじゃダメ。

もしも。もしもみんながそうできたのなら。

きっと、いい世の中になる。

けれどそれは一点の汚れも無いことでもある。

そんな中で人は生きてゆけるのか。

答えはNO。

人は誰しも汚れを持つ。

ただ、その大きさが違うだけ。

だからこの世の中がある。

みんな物騒と言うけれど、

それは一人ひとりに関係してる。

些細な行動一つだって、大きく変わる事だってある。

それと同じ。

だったら私達はどうすれば良いか。

行動一つ一つ気を付けろ、なんて無茶。

だからって、放っておくのもダメだろう。

だったら、ちょっと悪戯する程度の汚れだけに留める事は出来ないだろうか。

きっとすごく大変だろう。

けれど、人はやろうと思えばなんだってできる。

だから、一人ひとりの努力が世界の未来をも変える。

私はそう思う。

 

 

 

 

 

 

 

《名前》

 

一人ひとりには名前がある。

物一つにとってもそう。

そして、名前には意味がある。

だからこそ、名前といえる。

それを表す意味

だから、自分や人の名前を罵ったりしてはいけない。

親がどんな気持ちで名前を付けたか。

けれど。

世の中には絶対といっていいほどに

世間的には不吉な名前がある。

それを付けた親は、何を思って付けたのか。

そんな人の気持ち、私は知らないし、知りたくも無い。

けれど、考えて欲しい。

自分にそんな名前が付けられたら?

どんな気持ちになるだろう。

きっと、親を忌み嫌うだろう。

生きるのも嫌になるだろう。

名前は親の愛情の一つでもある。

不吉な名前だったら、それは親から愛されているといえるのか。

そう問いたくなる。

たかが名前一つ。されど名前一つ、だ。

名前を付ける立場になることがあるのなら、

私はその子の人生のことを考えた名前をつけたい。 

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もう何年も前の話ですが、ある夫婦が自分の子供に「悪魔」という名を付けようとした、という騒動と裁判があったと先生から聞きまして。

名前って言うのはそのひと、ものを表す大切な言葉なのに、親がそんな忌み嫌うような名前をつけていいのかって思いました。

そんな名前をつけられた子が、どんなに苦しむ事となるのか、わかってやっているとは思えません。

・・・わかっててやってるんならそれこそその親は悪魔でしょうけど。

普通、そんな宗教的にも常識的にも嫌われるような存在の名前付けるでしょうか・・・・。
いえ、普通付けませんけどね。

親の考えてる事が正直、わかりません。

私の親もなぜひらがなにしたのかわからないんですよね。

書きやすいけどちょっと習字とかの時に書きづらい名前です。